青森県から宮城県に至る三陸海岸各地に約200基の津波記念碑が建てらており、宮古市にある碑にはこのような教訓が刻まれている。

高き住居(すまい)は児孫(こまご)の和楽(わらく)、想へ(おもえ)惨禍(さんか)の大津浪(おおつなみ)、此処(ここ)より下に 家を建てるな。明治二十九年にも、昭和八年にも津波は此処まで来て部落は全滅し、生存者、僅かに 前に二人後ろに四人のみ 幾歳(いくとせ) 経る(へる)とも要心あれ。

motomocomo:

“古くからその町に住んでいる人は、「あんなところは恐ろしくて決して家を建てられない」と言っていたそうです。”

今、江戸時代の治水に学ぶこと 人間は自然を組み伏せることができるのか JBpress(日本ビジネスプレス)

(出典: tra249)